立木の物語
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いろいろの立木よ、押籠になつた心よ。
まづその樹皮を窘んで、そろそろ、おまへたちの祕密を汚してみよう、傷ましいいろいろの心よ、
わたしの悲しい心の悦。
樫の木よ、滅んだ神々に向つて輝きわたる榮光の波、おそろしく大きな足の夷、光と血の岩。
おまへの緑の髮の毛の波は、貝の音が斧の刻を告せると、眞紅に染まる。すぎ來しかたを憶ひだして。
樫の木よ、憎の階、尊い神木、わたしの悲しい心の悦。
色白の腕を伸した椈の木よ、聖母瑪利亞、子持を歎き給ふ禮拜堂、二形の利未僧が重い足で踏み碎いた、あらずもがなの足臺、僧官濫賣の金を容れて、燒焦をこしらへた財嚢、「愛」の神が、嘗てここに人間を愛してみたいと思つた虚の胎内。
おまへの臍の上に、銀の蛇の帶をきりりとお締め、
とはいふものの、また可愛くもある椈の木、不思議の木、わたしの悲しい心の悦。
人間の罪をひとりに引受けた孤獨の老僧と見立てる楡の木よ、祈念を勤める楡の木、潮風はゴモラ人の涙より鹹い。
罪障深いおまへの肌の毛孔を海の風に吹かせて、わたしどもの爲に苦んでおくれ。
鞭索の苦行に身を鍛へた楡の木よ、わたしの悲しい心の悦。
腰もあらはの梣よ、草叢から生へた汚れた夢のやうだ。生の無い影の中に咲きたいといふ狂氣の百合のやうでもある。
惡龍の眼もおまへの清い冷たい肌は通されぬ。
梣よ、色蒼ざめた天竺の赤脚仙、えたいの知れぬ木、わたしの悲しい心の悦。
冷たい肌黒の胡桃の木よ、海草の髮を垂れ、くすんだ緑玉の飾をした女、空の草原の池に浸つて青くなつた念珠、ぼんやりとした愛の咽首を締めてやらうとするばかりの望、よく實を結び損ふ繖形花。
いやに冷つく繖形花、わたしはおまへの陰に寢て、自殺者の聲で眼が醒めた。
冷たい肌黒の胡桃の木よ、わたしの悲しい心の悦。
林檎の木よ、發情期の壓迫で、身の内が熱つて重くなつた爛醉、情の實の房、粒の熟した葡萄の實、寛んだ帶の金具、花を飾つた酒樽、葡萄色の蜂の飮水場。
さも樂しさうな林檎の木よ、昔はおまへの香をかいで悦んだこともある、その時おまへの幹へ、牛が鼻先を擦つてゐた。
花を飾つた酒樽、林檎の木よ、さも樂しさうな木、わたしの悲しい心の悦。
やつと灌木の高さしか無い柊よ、僞善の尻を刺す鑿、愛着の背を刻む鏨、鞭の柄、手燭の取手。
眼を赤くした柊よ、おまへの爪の下に迸る血でもつて兄弟の契を結ばせる藥が出來さうだ。
やつと灌木の高さしか無い柊よ、小さい※手、わたしの悲しい心の悦。
篠懸の木よ、總大將が乘る親船の帆檣、遠い國の戀に向ふ孕んだ帆――男の篠懸は種子を風に播く石弩の如く、甲を通し腹を刺す――女の篠懸は始終東をばかり氣にしてゐて定業を瞑想する、さうして胚種の通りすがりに、おまへは之を髮に受けとめる、おまへは風と花とを遮らうとして張りつめた網だ。
獨ぼつちの男の木、唯、氣で感應する女の木、不可知の中で一緒になれ。
篠懸の一本木よ、片意地の戀人たちよ、わたしの悲しい心の悦。
白樺よ、蓬生の大海原に浴する女の身震、風がその薄色の髮に戲れると、おまへたちはなにか祕密を守らうとして象牙の戸のやうに脚を合せる。その時この白い女人柱の張切つた背の上に、神々の涙が墮ちて、突き刺された怪獸の痍口から、血の滴れるのがみえる。
それでも、背中や胸を拭いてやるまい、噫木魂精よ、おまへは腕を伸して勝ち誇る夢を捧げてゐる。
名も知られずに悲しげな白樺、處女で通す健氣の木、わたしの悲しい心の悦。
殯宮に通夜をしてゐるやうな赤楊よ、おまへの王樣は崩御になつた、赤楊の民よ、靜かな水底に冠の光を探しても、夜の宴の歌舞の響を求めても、詮ない事になつて了つた、赤楊の王樣、今、禍の方士の鬚である藻草の下、深淵の底に眠つてゐられる、忘却の花は、その眼の窩を貫いて咲いてゐる。
だれかまだ手に力のある者がゐるならば、はやくその花を摘るがよからう。
諒闇の民、赤楊よ、涙に暮れる木、わたしの悲しい心の悦。
垂飾をつけた日傘、花楸樹よ、ジタナ少女の頸にある珊瑚玉、その頸飾と柔肌を巫山戲た雀が來て啄く。
その頸飾は二つある。雀は少女の肩に眠た。
ねんごろに客をもてなす花楸樹、小鳥が毎年當にする降誕祭の飾木よ、わたしの悲しい心の悦。
戀人のやうに顏を赧める秋の櫻の木、その紅いのはおまへの枝にぶら下る心臟の血であらう、この間、通りすがりの人たちに實のおいしいのは食べられて、今は唯情に脆い風の出來心を、紅らんだ葉に待つばかり。
ただ泣いておいで、おまへの琥珀色の涙へ、わたしは指環の印を押してあげる、後の思出の種として。
秋の櫻の木、紅い木よ、親切な木、わたしの悲しい心の悦。
常世の生の常世のざざんざ、傷ましい松の木よ、おまへの歎は甲斐が無い、いくらおまへが死たくても、宇宙の律が許すまい、獨ぼつちで生きてゆくのさ、おまへを厭がる森の中、おまへのふとい溜息を嘲つてゐる森の中で。
死んでゆく身は今ここに敬禮する。
傷ましい木よ、常世の生の常世のざざんざ。わたしの悲しい心の悦。
刺槐よ、好い匂がして、ちくちく刺してくれるのが愛の戲なら、後生だ、わたしの兩眼を刳りぬいておくれ、さうしたら、おまへの爪の皮肉も見えなくなるだらう。
してまた漠たる撫さすりで、わたしを存分に裂いておくれ。
女の匂のする木よ、肉を食ふ木よ、わたしの悲しい心の悦。
髮に微笑を含んで清い小川の岸に寄りかかる少女子、金雀花、金髮の金雀花、色白の金雀花、清淨な金雀花。
金髮を風の脣に、白い肌を野山の精の眼にみえぬ手に、無垢の身を狂風に乘る男に、おまへは任せる。
金髮の金雀花よ、夢ばかりみてゐる纖弱い木、わたしの悲しい心の悦。
愁に沈む女よ、落葉松よ、石垣の崩に寄りかかる抛物線。
銀の蜘蛛の巣がおまへの耳に絲を張つた、おまへの胴中に這つてゐる甲蟲は涙の雨に打たれて血を吐いた。
愁に沈む女よ、落葉松よ、わたしの悲しい心の悦。
涙に暮れる枝垂柳よ、棄てられた女の亂髮、心と世とを隔てる幕、おまへの愁のやうに輕い花を織り合せた縮緬。
涙に暮れる枝垂柳よ、おまへの髮を掻きあげて、そら御覽よ、あすこを通る人を、曙の阜に立つ人を、
すこしは駈引もありさうな戀人、しやれた心配もする柳の木よ、わたしの悲しい心の悦。
鼠色の白楊よ、罪ありさうに顫へてゐる、全體どんな打明話が、その蒼白い葉の上に書いてあつたのだらう、どういふ思出を恐れてゐるのだ、秋の小逕に棄てられた熱に惱んだ少女子よ。
おまへの妹は黄昏色の髮を垂れて、水のほとりに愁へてゐる、亂倫の交を敢てするおまへたち、何ぞ願があるのかい、媒をして上げようか。
始終、心の安まらないおまへたちよ、わたしの悲しい心の悦。
張箍の女袴を穿いた官女よ、橡の木よ、三葉形の縫を置いて、鳥の羽根の飾をした上衣を曳ずる官女よ、大柄で權高で、無益の美形。
おまへの指先から落ちる輕蔑には、大概の田舍者は殺されて了ふ、わたしならその手を挫いてやる、こちらさへ其氣になれば愛させてもみせる。
張箍の女袴を穿いた女、高慢の上衣を着た女、わたしの悲しい心の悦。
死より生れて、死の僧となつた水松の木よ、おまへの枝は骨だ。
つるつるした墓石の枕元にある免罪符をおもひだす永久の鎭魂歌。
わたしの爲に祈つてくれ、翁びた水松の木よ、憐愍深き木、わたしの悲しい心の悦。
御主の冠となつた荊棘の木よ、血塗の王の額に嵌めた見窄らしい冠。
憐愍の房の血に赤く染つた尊い荊棘。
愛の荊棘よ、末期の苦の時、この罪ある心の中にその針を突き通し給へ。
敬愛すべき荊棘の木、わたしの悲しい心の悦。
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