〔無題〕(『晶子詩篇全集拾遺』収録・同題第30篇)

与謝野晶子

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かかる文書くべき人と、 かの人の思ひ当る名、 もつが憎くけれ、いかにしてまし。    ○ をりふしに美くしき いみじきすごき稲妻おこる 陰陽のあるらむ、わが一つなる心にも。    ○ 紅の血ながして、 みな死ぬべきを閉ぢこめぬ。 チヤアルス王の、倫敦塔に似る心かな。    ○ 寒さをも、熱をも知らず、 ある人に云ふ如きこと、聞くは厭、 横恋慕などうち明けよかし。    ○ おほよそは、そのむかし、 二十ばかりの若き日に、 過ちて入りたる門をわが家とする。    ○ わが心、尼院の中に、尼達に、 かくまはれあればすべなし。 思ふとも、思はるるとも、全くすべなし。    ○ かの人が七人の子を見に帰れば、 かの人に、 老は俄におそひいたりぬ。    ○ 自らがちかひけるやう。 檀那様と生き、 檀那様と死に、 檀那様の知らぬまに、 唯ひとつ、何かしてまし。    ○ 別れて憂愁に居ぬ。 はねらるるとも、くれなゐに、 血のとばじな。あぢきなの身。    ○ 得たるもの忽にして擲つは 財宝すらもここちよし まして、まして、何と云はむ。    ○ 大空の雪のごと、浮きたる心と、 流れの浄き心と はらからなるをわれのみぞ知る。    ○ いつの日か、いかなる時か、 しのびてわれに恩売りし、 美くしき見覚え人よ。    ○ 目に見たる津津浦浦よ、 わが上を、語らむ時にまさりたる、 おもむきなきをいかにしてまし。    ○ うれしくも、幸と云ふものよりも、 好むところを語らせし、 夜の涙よ。拭ひ筆おく。    ○ わが心唯ひとたびなりきと云ふ 何を云ふぞよ。かこつのかや。 恋を男を。    ○ 水色の船室に月さし入り、 隣なる、大僧正の飼犬が、 夜寒げに絶えずうめける。    ○ 老の魔がしのびより、鉛をかけぬ。 心に、あらずまづ面わに、髪に、 かなしきかなや三十路。    ○ 男来て導かむと思ひつるかな。 美くしくとも、醜くとも、 そはわれの若ければ、 あなものうし。かかる思ひ出。    ○ 別るるもよしや、うれしかりけり。 口づけを束にして、 環になしてもちかへること。    ○ うつし世の渦巻の中、 と云ふにあらねども、なけれども、 する息のむづかし。落す涙も。

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