〔無題〕(『晶子詩篇全集拾遺』収録・同題第58篇)
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からりと晴れた
夏の日に、
季節ちがひの
くわりんの果の香りが
一すぢ、
わたしの心のなかに、
その果肉の甘さを以て
ただよつてゐる。
わたしの心は
踊り疲れた女のやうに
半眠つてゐる。
さうして、半嗅いでゐる、
そのくわりんの果の香りを。
こんな時が
十分ほど続いて、
ふと現実に還つたあとで、
また、姑らく、
わたしの重い頭が
猶そのくわりんの果の香りを
目の前にあるやうに探してゐる。
耳もとには
貪欲な蚊が一つ二つ唸つてゐる。
平凡な
暑くるしい夕ぐれ。
書きかけた原稿が
机にわたしを待つてゐる。
くわりんの果の香りは
わたしの感情と一緒に
もうまた帰りさうにない。
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