蝉
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蝉が啼く。
燻るよに、じじと一つ、
わたしの家の桐の木に。
その音につれて、そこ、かしこ、
蝉、蝉、蝉、蝉、
いろんな蝉が啼き出した。
わたしの家の蝉の音が
最初の口火、
いま山の手の番町の
どの庭、どの木、どの屋根も
七月の真赤な吐息の火に焦げる。
枝にも、葉にも、瓦にも、
軒にも、戸にも、簾にも、
流れるやうな朱を注した
光のなかで蝉が啼く。
無駄と知らずに、根気よく、
砂を握んでずらす蝉。
鍋の油を煮たぎらし、
呪ひごとする悪の蝉。
重い苦患に身悶えて、
鉄の鎖をゆする蝉。
悟りめかして、しゆ、しゆ、しゆ、しゆと
水晶の珠数を鳴らす蝉。
思ひ出しては一しきり
泣きじやくりする恋の蝉。
蝉、蝉、蝉、蝉、
※い真夏の日もすがら、
蝉の音は
啼き止んで、また啼き次ぐ。
さて誰が知ろ、
啼かず、叫ばず、ただひとり
蔭にかくれて、微かにも
羽ばたきをする雌の蝉。
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