与謝野晶子

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Aさんの死、 そんなことがと云ひながらも、 否定の出来ない事実であるのを 弁へる心も私は持つてゐた。 人間はいつもこんな風に 運命を従順に受け入れる。 受け入れる外はないからである。 だから死は恐い。 最後の偽善をしようとせぬ限り、 誰れにも恐しくない死はない。 哲人もさうである、 大作家も詩人も、 大僧正も。 Aさんが壇から下り、 急に倒れた時と、 死との間の短い時に どんな恐しい思ひをしたことか。 死刑前の五分間の長さを、 或る作家は書いてゐる、 短くば短い程、 死を待つ心の苦は長い。 Aさんを悲んで、 死の真際などに語ればさうした、 ことはどうでもよかつた、 と云はれるやうな思ひ出に、 Aさんでなく、生きてゐる私は、 飽くなく浸つてゐる。 Aさんは五十四ではてた。 Nさんと同じ頃、 紅梅町へ来た人である、 Nさんは五十二で去年逝つた。 若さそのもののやうな人、 私はのちのAさんの面影よりも 裄の短い単衣の下に白襟を重ね、 木綿袴を穿いた、丁の年の Aさんばかりを目に描いてゐる。 葬式の日に私はまた病んで 娘を代りに出した。 藤子が葬場で聞いて来たことは、 Aさんの死の何時間かまへ、 お茶の卓で他の社員へ托した、 私へのことづてであつた。 身体を大事にして欲しい、 無理を決してせぬことなど、 それから私には今子の誰れが かしづいてゐるか、 ともAさんは問つたさうである。 その社員は私の隣人であつた。 涙が幾日も流れた、幾日も。 Aさんが云つたやうに、 養生をすべきであらうか、 とばかりも私には思へない、 死は恐いと云つたのであるが。

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