洪水前の夜の REVERIE(六月十三日)
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Ⅰ
警鐘が陰氣に響いてくる
永遠の夜氣はその相間にしんとした闇をたどり
檐の寢鳥はくくくと悲しさうに空氣をふるはせてなく
河口、街角、工場の屋根などが寂しい睡けに渦卷いて
私は何時からとなく寢づいて今またふと目が覺めた
蝋燭が遠い銀色の過去をちらちらさせながら燃えてゐる
しつとりと濕つた悲嘆が私の影法師を深く迷はしてゆく
ひそやかな葉摺れが空中に消えると
其のあとしんとして雨氣が窓から溢れ動く
嵐はあらゆる追憶を殘して夙の大往昔に死んでしまつたらしい
雨樋からはぽとりぽとりと絶え絶えに落つる水音
あれは何時迄も止む事なく落つる孤獨の響きだ
天井窓からはしめやかに空氣にまじる雨氣の薄明り
あれは濡れた瞳を投げる底なしの鏡だ
白い敷物は半睡の奧におしひろがり
蒼白めた鏡は悲哀の室を見つめて
この一夜の魂をまもるらしい
ああ眠つた間も蝋燭の焔をちらちらさしてくれ
ひそやかな葉摺れにうつつなく私が思ひは深い淵をばなきめぐる
ああ眠つた間も焔をちらちら鏡へうつしてくれ
ひそやかな葉摺れに消え入る思ひして私の夢は蒼白い眼を沈めてゆく
Ⅱ
嵐は世界を靜かな涙と追憶にした
私の睡眠の底には
あふれる河が流れてゆく
私の魂はつめたく浸されて
水音に風は泣き
其の魂を開いてくれと
葉摺れは空中にそよぐ
私にはあの葉摺れのひそめきは捉へられない
胸へ落ちて來る闇黒のほのめきには果がない
水に浸されて身慄ひする梢の繁り
すすり泣きながら消えてゆく風には果がない
Ⅲ
私の追憶は何時の間にか白い餌魚を沈めてゐる
盲ひた中を手探りで夢とうつつに歩いてゆく
雨あしがたち消えながらも何處の樹からとなく私の膚を冷してゐる時、ふと紅い珊瑚の人魚が眞蒼な腹を水に潜らせる
鏡はまたも永遠の暗となり
老年の追憶は吐息をつく
そして蝋燭の焔がちらちらする
あれは屹度物言はぬ幾千年の魚だらう
老衰者の悔や執念を悲哀の箱で胸をふさがせ
泣いてるやうな笑つてるやうな死顏を
夜長の眠られぬ夜ちらちら鏡へうつすのだ
霧雨の空洞に響きなき鏡
その鏡は三本の格子を滲ましてぼんやりと天井に涙ぐむ
半睡の室内では蝋燭がちらちらと
遠い水音や葉摺れの憂愁や其の空中に消えて行く幾千年の沈默に
銀の影を薄く壁にそよがしてゐる
何處かでは固パンをかじる鼠が練絹のカアテンにひそんで啜泣いてゐるだらう
或る温室では釣鐘草や葵や棕櫚が頭を振つてゐるだらう
あらゆる時間は青ざめた歴史を編みながら雨中を押流されてゆくだらう
休止した時計の振子は
永遠の底へ沈んでゆき
私の生命は樽のやうに冷たい空洞を流れてゆく
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