獨絃哀歌
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(十五首)
附載三首
一
あだならまし
道なき低き林のながきかげに
君さまよひの歌こそなほ響かめ、――
歌ふは胸の火高く燃ゆるがため、
迷ふは世の途倦みて行くによるか。
星影夜天の宿にかがやけども
時劫の激浪刻む柱見えず、
ましてや靡へ起き伏す靈の野のべ
沁み入るさびしさいかで人傳へむ。
君今いのちのかよひ路馳せゆくとき
夕影たちまち動き涙涸れて、
短かき生の泉は盡き去るとも、
はたして何をか誇り知りきとなす。
聖なるめぐみにたよるそれならずば
胸の火歌聲ともにあだならまし。
二
聖菜園
こころの糧をわがとる菜園こそ
榮なき思ひ日毎に耕すなれ。
ある時ひくき緑はここに燃えて
身はまた夢見ごこちにわづらふとも
時には恐怖に沈むかなしき界の
地獄の大風強く吹きすさみて、
ここにぞ生ふる命の葉は皆枯れ、
歡樂冀願もあだに消え去るとも、
ああただかの花草や、(羽なくして
ささやく鳩にも似るか、)そのにほひに
涸れにし泉ふたたび流れ灌ぎ、
ああまた荒れにし土の豐かなる時、
盡きせぬ愛の花草讃めたたへて
聖菜園のつとめに獨りゆかむ。
三
薔薇のおもへる
黄金の朝明こそはおもしろけれ、
狹霧に匂ひてさらばさきぬべきか。
嘆かじ、ひとり立てどもわが爲めいま
おもふに光ぞ照らす、さにあらずや。
嘆かじ、秋にのこりて立ちたれども、
小徑を、(さなり薔薇のこの通ひ路、)
世にまた戀にゆめみるものの二人、――
嗚呼今靜かにさらばさきぬべきか。
少女は清き涙に手さへ顫へ、
をのこは遠きわかれを惜みなげく、
あまりに痛きささやき霜に似たり。
かたみのこれよ花かと摘まれむとき
音なく色に映るもわりなきかな、
二人を知らで過ぎ行く、――將た嘆かじ。
四
別離
別離といふに微笑む君がゑまひ、
わかるるせめての際にそは何ゆゑ。
にほへる面わの罪か、世も、ねがひも、
希望も、かつてかがやくその光に、
眼のいろ澄める深淵その流に、
華やぐ聲ねのあやに、――かつて頼る
わが身のその幸限りあらざりしを、
ああなど君がゑまひに罪あるべき。
白日薔薇の花に射かへすとき、
亂るる影さへもなく紅なる
色こそ君が面わに照り映ゆらめ。
げにはた常住のゑまひや、嫉き花の
榮あるたはぶれとしもおもひ消して、
さらばよ戀の花園、さらばよ君。
五
靜かに今見よ
靜かに今見よ、園の白壁にぞ
楊の一つ樹枝の影映れる。
その影忽ち滅えぬ、――かの蒼波
かくこそ海原闇き底に潜め、
影また漸く明り射す光の
眩く白く纒ふをながめいれば、
かつ墮ちかつ浮び來るそのきそひに
滿ちまた涸れゆくこころ禁めかねつ。
運命深き轍の痕傳へて
見えざる車響けば、宴樂にほひ、
歌聲輟むも束の間、おもへばげに
こは世に痛き鞭笞や壁なるかげ――
むちうて、汝虚しく見えなせども
花園榮なき日にもこは無窮
六
浮世の戀
冀願は強きちからにあげられつゝ
隙なき吐息にきざすそのおもひも、
知らずや、はじめはこの世荒野のそと、
やすみのかげにこぼれしかなしき種子。
その種子きのふ描きし夢をゆめみ、
今日しも燃ゆる火とこそ生ひたちけれ、
祕めしは深き焔の生なりしか、
誰かはもとのこころを知りつくさむ。
花草かくて生ひたち匂ひなせば、
ああまたたはぶれの鳥何日しか棲み、
花の芽ぬきて飛びゆく、――戀かいまし、
いとよき幸のみはやく啄み去る時
胸には殘る面かげ、――消しがたきは
唇顫へて、たへぬ眼のうるほひ。
七
よきしほ
よきしほ流れてゆきて歸り來ねば、
むなしき行方見やるもかひなからむ、――
戀する二人が胸こそただ浪だて、
占問ひささやくやすみ世にまたなし。
手に手をその後くます夕來とも、
しのべる命さみしき香のみこめて、
言はむの彼はおもひを洩らしにくく
聽かむのこれは冀願をはや忌ままし。
天の座白き光のめぐれる日に
ここには物みな墜つる跡ぞ暗き、――
戀せし二人が一人、嗚呼そのまま
孰れか缺けゆく悔のあわだつとき、
沈むは瑪瑙の、瑠璃の戀の小壺、
鎖すは闇よ、――永遠なる大海原。
八
蓮華幻境
わが胸池水湛へ、時としては
精魂ここに紅蓮の華とぞ生ふ、
しのびに君よ、この岸かの水際に
幻影ふかき生命の香をたづねよ。
この時音も幽かに大蓮華の
蕾の夢さめ、人をなつかしみて
『かなたへ、君よ南へ、緑の國、
情の日の彩饒き空の下へ。』――
聲音もかくいと熱く誘ひなせば、
君はたせめていなまじ――『さらば彼處、
燄の愛のこころの故里へぞ。』――
ふたたび、嗚呼また三度語るを聽け、
『樂園涅槃の土のにほふところ
歡樂盡きぬ種子こそ常花發け。』
九
草やま
草やま草葉みどりに匂ひ靡き、
かがやく日ざしおほひて、絶間なくも
靜かに夢見うかるる身にし添へば、
ああわがこの身さながら空しき影。
空しきかげやわが身のこころのそこ、
光に融けゆくおもひいと樂しく
ねむりの界より歸れる途すがらに、
片ゑみさもなつかしき花を得たり。
わが日よ、高羽焔にめぐり搏ちね、
草山ひとつ縁の渾沌よりぞ
見よ今剖れし姿幸あらずや、
蘂の香親しみふかき花よ――少女、
ゆらめく胸に抱けば、こはわが世の
いかなる戀か、嗚呼またわれは夢む。
十
君も過ぎぬ
遽かにわが身變りぬ、否さらずば
聲なき歡樂手をば高くあげて、
『見よこの過ぎ行く影を、いざ』と指すか、
遷轉無窮の夢ぞ卷きて披く。
流るるこの甃石、都大路、
酒の香、衣の色彩みだれうかぶ、――
あやしや此處にもしばし彼の自然の
高嶺の、大野の力こもりぬらし。
嗚呼喧噪の巷も今し見れば、
往きかふ人影淡き光帶びて
あかつき朝日纒へる雲に似たり。
﨟たき人よ、この時かしこを君、
極熱豐麗の土しばし抽きて
花草匂ふがごとく君も過ぎぬ。
十一
頼るは愛よ――一
爭鬩絶間なき世の海のほとり
をぐらき幕はおちぬ、いかにかせむ。
潮は寂しく沈み、濤は暮れて、
櫓の音今こそ朽ちめ、嗚呼わが日の
生命の榮よなやみよ逝き果つるや、
つひにはこの身の罪の淨めがたく
回憶しげき荊棘の途に下り、
常闇つきぬ苛責にやさまよふべき。
頼るは、頼るは愛よ、君によりて
僅かに過ぎ來し片野路、荒磯べの
はかなき生の旅人幸やしばし、
希望の瑞木彩生ふ蔭に入りき。――
夢かは、現し狹霧のこの世去らば
かの空かがやききそふ君が光。
十二
頼るは愛よ――二
その時わが身はここに、此處は星の
幾重かめぐれる途の外なるべき。
實にそが黄金環劃る虚空のみち
いつしか踰えこそ來つれ、(かく夢みて
夕暮ひとりまどへり)おふけなくも
胸には人の世さわぐ浪のおとの
仍かのゆらぎ傳へて、身にははやく
眞白き照妙魂の聖なる衣。
頼るは、頼るは愛よ、君によりて
地なる愁を去らむ、彼處にては
僅かに夢に見えつるその信を
眩きけふぞ天にて解き知るなる、――
見よここ永生の脈精氣みちて
時劫のすすみ老いせぬ愛の常かげ。
十三
頼るは愛よ――三
何ゆゑ泣きし涙と今また問ふ、――
知れりや汝よ、かつては世のくらさに
萎れしにほひの夢よ、――ありしその日
短かき歡樂あかぬ契のすゑ。
零ちたる影や紀念の花小草よ、
回憶――そはいと深き林なれば、
黒羽の懊惱さまよふ彼の日にわが
汝が身のうへにかけにし涙のそれ。
さこそは、さこそは愁き露なりけめ、
涙や、しほや、――さはあれ高き愛の
涓滴それぞと汝もたのみけむか。――
小草よ花よ、今日こそたたへまつれ、
わびしき暗とかげとのへだて脱ちて
この岸光あふるる天の泉。
十四
運命
運命彼をしも今とらへなせば
苦惱と畏怖の双輪たかく響く、
運命また彼をしも弄べば
嫉妬の影の痛みぞ癒えがたきや。
人の世短かき生の旅やどりに
踏みゆく途ぞ荒野の草身を刺し、
誘惑ここに棲めば、あぢきなくも
泯滅の犧牲とも知らで迷ひいるか。
『祈れよわが手下さむ。』ただこれのみ――
死はこれ運命の手か誰か知らむ、
(嗚呼聽く祈祷の聲よ)世は闇なる。
罪知る夕よここに惑へる身の
衷なる靈の疾風の行方いづこ、
命の火もまた滅ぶ彼やいかに。
十五
『天平の面影』
(藤島武二氏筆)
徂きしは千載か、塵か、わが手弱女、
眼ざしふかくにほふは何のさがぞ、
世はまた日に歸り來て、しづけささめ、
常久君が華にぞあくがれよる。
束の間虚空にめぐりて疾風羽搏つ
嗚呼その隙にしも人滅ぶといふ、――
傷みそ、彈くに妙音の浪白銀
傳ふる君が命は窮りなし。
いざ君かなでよ箜篌、――青水沼も
高草村も、げにこれ新大路や、――
頑鑛もまた藝術、慈相のかげ、
豪華や禮讃や、はた、戀や、歌や、――
そは皆君が手にこそ、桐若樹の
むらさき夏に潤ふ律調の園。
○
みやうじやう
(キイツ)
明星、君が節操にわれあえなむ――
夜天に高く寂しう懸り照らし
かきはのまぶた睜き、かの自然の
たゆまず寢ねぬ隱者のその態もて、
人住む世の磯めぐり淨禮行ふ
聖僧のわざ執りすすめる海まもらひ、
將また連峰澤野雪降り敷く
かの新やはら被衣瞰るそれならねど、――
否、さもあれ、常みさを常久にぞ、
﨟たき君が熟りたる胸小枕
とこしへ柔ら浪だつそれを觸れむ、
とこしへうまし惱みにこころさめて、
時より時に聽かばやそがやさ呼息、
なさけもうつつ、さてしも夢に死なむ
○
戀のながめ
(ロセッティ)
何日いと君をよく見む、わが戀人、
白日をわが眼の精の香案――君が
その面、そのまのあたり、君によりて
知り來し愛の祈祷をいつく時か、
さらずば黄昏、(われらただ二人や、)
くちづけ密に、ささやきよく語りて、
夕かげつつむ朧の君が姿、
わが靈君が靈のみ目戍るときか。
嗚呼君わが戀、これよりながく見ずば
汝が身を、地にはおつる影もたえて、
泉にやどす眼ざしそれもなくば、――
いかにか響くわが生の夕山もと
希望の墜葉滅ぶる陸うづしほ、
滅びもはてぬ死の翼羽搏つ疾風。
○
希望
(ロセッティ)
あだなる冀願、あだなる悔とつひに
手をとり死にゆきて皆あだなる時、
忘るる間なき苦痛を何なぐさめ、
忘られがたきをなどか忘れしめむ。
平和はなほ合ひがたきかくれ水か、
精魂さらずば直に緑野のべ、
命の甘き泉のしぶきがもと
露浸む華の護符を拔きえましや。
嗚呼わが畏こむ靈の、黄金み空
聖經蘂にひもどく花の間に
常世のみめぐみひそみ窺ふとき、
嗚呼はたあだし密偈のあらずもがな、
唯かの一つ「希望」の名だにあらば、――
ただその言の葉のみぞ、さば足りなむ。
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