かすかに胸に

蒲原有明

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かすかに胸にけふはまた むかしの海の響すと ひとり寂しきうたがひに 山邊の翁つぶやける 山邊にかくは齡老いて 遠きおもひもあらざりき 今日しいかなるたはむれぞ 翅は生ひぬわが夢に 雲に彩あり高嶺なる あらき巖をつつむとき 榮よ樹かげをはなれゆきて 夢の翅ぞ匂ふなる 憂さいぶせさは谷の奧 かくて忘れつ故郷を かなたに今はひたすらに 海の響をきかむとす 幽かなれどもわかやかに 漲りわたる大海の その音なひよ歡びの わが日むかしの歌の聲 觸れてこそまたなつかしみ ふるるによけれ何日までも されどわが世の磯濱に 浪はひとたびすぎしのみ 浪は碎けてすぎけれど 今はた聞けば後の日の すさめる胸の追憶に 海のひびきのゆかしきを 何今更にたゆたひて 夢の翅の衰ふる 獨りかくてもおくつきに とくいりはてばいかにせむ 嗚呼また一重しほからき 狹霧ひらかむ夢もがな 舊の渚のさのみやは いつまでわれに見えぬらむ 白晝のをりの眞砂路に 潮の華の明らかに 映りしさまを戀ふれども つらくすべなくなりぬめり 嗚呼堪へがたし遠海の とよみむなしく聽てあれば そは似たりけりかの媚に あだなる人の私語に すべて忘れてありつるを 夢よいかなるいつはりぞ 翅もつひに沈むまに をぐらくなりぬ空のはて

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