花ちる日

北原白秋

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日も卯月、ひとりし行かば――水沼べの緑のしとね、 身はゆるに寝なまし。風の散花に、水生の草に、 さざら波、ゆめの皺みの口吻に香にほふ夕。 つねのごと花輪編みつつ君おもひ水にむかへば、 遠霞む山の、古城市の壁、森の戸までも、 白寂の静けさ深さ、いと青に天も真澄みぬ。 ああ、君よ、ゆめみる人の夕ながめ――汀白みて、 木原みち、薄ら花踏む里乙女、六部、商人 文づかひ――それも恋路の浮あゆみ、誰へか――目守れば 雲照らふ落日の紅に水の絵の彩も乱れて 眼も病まむ、ややに古代のうれひして影ちり昏み はや暮れぬ。市は点燈夫せはしげに走すらし。さあれ 葦かびの闇には鳰のほのなよび。小野の鈴の音、 夕づつのほのめき、ゆめの頬白のみやびやすらに、 風ぬるみ、髪にはさくら、くさに地の歔欷ふけつつ、 仄に灯は君が館に、妻琴の調べ澄む夜ぞ、 花やかに朧ろに耳はそのかみの日をしも薫ゆれ。 ああ平和、我はも恋のさみし児か、神に斎きの 環も成りぬ。靄の青みに静ごころ君思ふ暫時 涙もろ、あたりの花に頬をうづめ泣かましものか。 ああ、二人。――君よ暮春の市の栄、花に幕うち、 紅の花氈敷く間の遊楽や、大路かがよひ 潮する人数、風雅の衣彩に乱れどよむ日。 縦しや、また花の館に恋ごもれ、君が驕楽 琅玕のおばしま、銀の両扉、※※の室屋、 早や飽きぬ、火炎の正眼、肉の笑、蜜の接吻、 絵も香も髪も律呂も宝玉も晴衣も酒も あくどしや、今こそ憎め。(楽欲は君がまにまに) ああ君よ、賤の児なれば我はもや自然の巣へと 花ちる日、市をはなれて、鄙ごころ、またと帰らじ。

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