樟の合奏
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初夏の空。
灰白色の雲のもと。
水沼のほとり。
ひと叢の樟のわか葉の黄金いろ
梢も高く、
濡れ濡るる雨後の夕のひとあかり、
入日に燃えて
潤やかに、華やかに、
調べあはする
かなしみの、
よろこびの、
くるしみの
香も狂ほしき生の曲……夢の合奏……
そのかげに、
赤き煉瓦の
変圧所、心盲ひし
高圧の電気の叫喚音もなく、
斜に走る銅線の
かきむしりゆく火の苦悩。
はたやオゾンの香のしめり、渦巻き縺れ、
昼も、夜も、
間なく、時なく、
ひたぶるに暈めき、醸す死の恐怖、
列ね立てたる柱には、
『触るる者かく死すべし。』と
髑髏あり、ひたと黙める。
また、見よ暗くとろとろと、
曇り濁れる鈍色の水沼の面を。
病める壁、
樟の調楽
映せども映すともなきものの色。
ただに声なく、
命なく、
鈍く、重たく、
波たたず、
淀みもせなく、
なべてこれこの世ならざる日の沈黙。
鈍く、ぼやけし
忘却の護謨の面を圧すごとく、
掌に圧すごとく、
たまにのみ、太き最低音ぞ呻くめる。
しかあれ、初夏の夕あかり、
灰白色の雲の裏ゆ金覆輪に噴きいづる
光の楽のさと赤く、
照りかへし、湿潤に燃ゆるひとときよ、
あはれ斉しく、はた高く、
しめやかに、華やかに、
調べいでぬる管絃楽の生の曲――
かなしみに、
よろこびに、
くるしみに
狂ひかなづる、
狂ひかなづる、
狂ひかなづる
狂ひかなづる
樟の合奏……死のオゾン………
さてしもあはれ、夜とならば
夜とならば如何にかすらむ。
いま、夕焼の変圧所
嘲けるごとく、
はたや、かの虐殺の血を浴びしごと、
あかあかと笑ひくるめく……
四十四年五月
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