大曲『悶絶』
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色赤きものごゑあまた
脳をいで、とどろと奔る。――
逃れゆくわれの足音か、
もの鈍き毛織の黝
蹈みにじり、蹈みにじり…………
ら、りら、ら、りら、
ほのかに雲雀。
あはれいま砥石のひびき、
鈍刀のすべるひらめき。
そのなかを赤きものごゑ
血を滴し、とどろと奔る。
もの鈍き毛織の夢を
蹈みにじり、踏みにじり…………
ら、りら、ら、りら、
かすかに雲雀。
はたと、あな、足音絶え入り、
ただひびく緩るく鈍刀。
しづかなる皐月の真昼、
白雲はゆるかにのぼり、
軟ら風ゆらにゆらるる。
ら、りら、ら、りら、
さへづる雲雀。
いづこにかいづこにか揺曳ける絃の苦悩の………
『……ああはれ、よしなや、われらがゆめぢ、
かなしきその日の接吻にも………』
緩るやかにねぶたき砥石。
『……かなしきその日の接吻にも、
さまたげ難かる「我」のほこり、
ひたぶる抱きて涙すれど恐怖と苦悩の………』
さあれなほものうき砥石。
『……ああはれ、よしなや、肉のおびえの――
汝が火のまなざし、
わが血のいどみ、
殺さむ死なむと朱に顫ふ………』
ら、りら、ら、りら、
ほのかに雲雀。
『………殺さむ死なむと朱に顫ふ………、』
聴くとなき黒ヸオロンの火のきざし
見る見る野辺に渦巻きて悶絶すれば、
くわとあがる血しほの烟、
そのなかをわれのものごゑ
また見えてとどろと奔る。
忍びかにひややかに清らなる水のさらめき――
さらめきに角筩あかり、
かなしみの音の吐息ほのかにおこる。
はたと、また、足音絶え入り、
野はなべて黄昏の色。
ほのかなるにほひのそらに、
やや赤く地平は光り、
そこここの水面より
水牛いづる。
水牛のしづけさや、
しづかなる角の音に物をしおもふ。
しかあれ、鈍刀の
すべる音、――砥石のひびき――
ら、りら、ら、りら、
ほのかに雲雀。
しづかにも坐る水牛、
戦慄の、かなしみの唸あげつつ、
おもむろにおもむろにあかる不思議の
いと赤き西天ながめ、
恐ろしき、あるものの迫にふるふ。
いづこにか洩れきたるヸオロンのゆめ………
『……そぞろ、あはれ、そぞろ、あはれ
恋の帆船の――
空色の帆もちぎれ、波にぬれて――
今日また二人、
今日また二人、
かなしき島根をさしてかへる………』
また鈍き砥石のひびき
かなしき光に艫のためいき、
かなしき海ゆくわかき夢の
みそらにほのめく星の光、
ああいますべなく、われら帰る。……』
ふと起る、この面彼面に嘲笑ふ人の諸こゑ。
『……苦しき挑みにせきもあへぬ
恋慕の吐息に顫ふこころ、
嗚呼このなやみをいかにかせむ。
さあれど、すべなく帰る二人。……』
高みゆく砥石の響――鈍刀の増えゆくすべり――
『……朱なる接吻、痛き怨言、
ああまた再度抱き泣けど………』
また近く暗き嘲笑。
『……ああかなし、
かなしき光、
われらの光、
内心のかなしき瞳………』
たと跳り逃ぐる水牛
あな、赤き血浴びしごとも啼き狂ひ絶望の唸に奔る。
大空は見る見る月の面となり、
たちまち赤き半円の盲ひし如も広ごれば、
一時に響く野の砥石、数かぎりなき刃のにほひ――
はた、赤き此面彼面の嘲笑……あまる空なく
おほらかに広み尽くせる、大月の恐怖の面、
爛れたる眩暈三度、くわつとして悶絶すれば
見るが間に血烟あがり、
逃れゆく我のものごゑ
また見えてとどろと奔る。
水牛の声………千万の砥石の響………
苦き嘲罵………はたや、なほ奔る足音………
ら、りら、ら、りら、
ほのかに雲雀。
はたといま聾しぬる。
色…………音…………光…………
四十一年八月
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