夏の夜の舟

北原白秋

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虫啼ける。 りんりんすりりん……りんりんすりりん…… あはれわが小舟ぞくだる。 痍つけるわかうどの舟。 りんりんすりりん……りんりんすりりん…… はてもなう向ひてかすむ 白壁のほのかなる列。 そのかげを小舟はくだる、 蒸し挑む靄のふるへに。 りんりんすりりん……りんりんすりりん…… いまし、また水路のはてに、 落ちかかる 弦月あかく、 そこここのくらみの奥に 寝おびれて倦めるものごゑ。 りんりん……すりりん…… 某の夏、 かかる夜の港にききし 二上りの音じめはすれど、 あはれそをいづことわかむ。 あたりやや暗みふけつつ、 血のごとく 顫ふ月しろ 沈みゆくその香のなごり。 あなしばし、虫啼きしきる。 りんりんすりりん……りんりんすりりん…… りんりんすりりん……りんりんすりりん…… りんりんすりりん……りんりんすりりん…… いつしかと真闇のにほひ、 深みゆく恐怖につれて はたと虫息をひそめぬ。 蒸しあつし、また息ぐるし。     ……………………………………………… 舟はなほ重たくくだる。 ふと窻に蝋の火あかり、 病人の顔ぞいでたる。 内部には時計の響。 ぎいすちよつ…………………… 重き咳ふたたびみたび、 真黒なる帷は落ちぬ。 あはれ闇夜。 ぎいすちよつ……………………ぎいすちよつ…………………… かくてなほ小舟はくだる。 いづくにかはてなむ旅ぞ、 そも知らね、水のひとすぢ、 白壁のはてしなき夜を。 ぎいすちよつ……がちやがちや……ぎいすちよつ…… たちまちに閉の扉、 かげ暗き大黒金の壁のもと、小舟はなづむ。 あなあはれ、 ものなべて見わかぬ闇よ、 内にはた悩みか伏せる 幾百の沈黙の大牛。 最終か、恐怖の淀か、 舟は、あな、音なく留まる。 りんりん……………………すりりん…… 否、また、おのづからなる 抵抗のすべなき力 その水に舟押しながる。 ぎいすちよつ………ぎいすちよつ……… がちやがちやがちや……ぎいすちよつ…… がちやがちやがちや……がちやがちやがちや…… がちやがちやがちやがちや……がちやがちやがちやがちや…… はてもなう小舟はくだる。

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