弾く人のゐない夜

高祖保

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弾く人はゐない。 室は冷かに、澄んでゐる。動かぬ。 動くものが欲しい。 ただひとつ、動くものがゐる。あそこに… ピアノの胸のあたりで、夜は頭をふつてゐるメトロノオム、 おまへの微韻だけが、そつと夜をゆさぶる。 睡つてゐる透明な霊衣、 百虫譜、 白体の蛾、 わたしは愬へるやうに、眠りからたちあがる。 なにものかの声が囁く。 「――なにせ、秋だ、聖壇の大蝋燭のやうに、ちらちら、感情の膜が耀ひながら微動する」と 花が崩れ、水晶の時計に肖た秋が かうべの後ろ側で澄んでゐる。

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