山下町の夜

高祖保

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「灰夜一枚でおりてくる冬!」と書いた 「後から足ばやに、私を追ひ越すゆふぐれ」とも書いた その冬のゆふぐれが ぽつぽつ、街燈に燻んだ灯をいれてゐる ――横浜 山下町の、ここから海が展けるところ… たつた一つ、――ごらん、外国商館の屋上の、幽婉な抛物線が昏れのこつてゐる。(ゆふぐれよ、あれはお前がけふの忘れものだ)夜ぞらをくつきり劃つてゐる明暗。 その涼しやかなスカイ・ライン。――まだ早い夜の、まだ星かげうすい空… 碇泊した Empress of Asia が 海へ明るい点灯装飾の灯をおとしてゐる (そのあたりだけ、海が燃えてゐる) 赤い土耳古帽のせた ひよろながい印度人の火夫が 烟艸を薫ゆらせてとほる その後から、青い星を散らす電車のポオル。 わたしは歩み入る、街路樹の鈴懸を涵してゐる闇へ。それはSといふ外国商館のまへで、注文帳の黒の背革よりもくろい。闇に紛れてわたしはみる、二輪車のいくつかが、闇なかに憩んでゐるのを。――いまや夜が、それを平和な睡眠のなかへ裹まうとするとき、そのどれもが、円ら瞳に肖た灯を点けたまんま… 公園の噴水。(孤燈のかげに 夜の鶴をわたしは象どる 天から堕ちた純白のマダム・シゴオニュの扇) ゆふあかりの青黛が仄のり匂ふ。あの自転車置場に、囁き交してゐる地上の参星。いみじい、だが、草かげの鬼灯ほどしかない、これらの星たち!

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