舞踏

室生犀星

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舞踏のある晩だつた 盛りあげた薔薇のやうな異国の小鳥たちが 美しい杏色をした肌衣に みな日本の夜露を含んで 劇場の廊下いつぱいに立ち匂うてゐた。 耳輪や頸飾りや扇や手提袋や 桃色や緑いろや乳色や さういふ一さいの翼ある色が動いてゐた。 それらの外国婦人のあひだに なりの低い日本の娘が白魚のやうに しなやかな羅を着け 内気な白足袋のさきをぴんとそらせ さうして静かにはづかしさうに歩いてゐた からだの円みをなだらかに辷る縞物に みな扇のかげに小さい脣を隠してゐた 日本の娘の美しさは心を惹いた。 かれらは一様に人生がいかに愉しいものであるか 貧乏はいかにいやしいものであるか さういふ顔つきをしながら 美しい足さばきをそろへ あるものは青いセリイ酒を飲んだりした。 王女や小鳥や孔雀のむれは 間もなくパヴロアの舞踏を見た 粉ぽい西洋紙がまるめられ 音楽のまにまに舞ひ沈みながらゐた どこから入つてきて止つたのか 肉じばんをはいたパヴロアの 長いしなやかな足さきに 青い一匹の蝗が止つて足掻いてゐた。 それを知らずに花を抱いたパヴロアの 人の善いあいさつが皆を喜ばせた。 草深い日本の暑い秋ぐちに 肌白粉をふいてゐたパヴロアは 膝の上にとまつた青い一匹の蝗に驚いた それを窓口へすてたあとで どこか場末の興行でそれを見たことのあるのを思ひ出した それは露西亜だつたか 亜米利加だつたか 倫敦だつたか それとも避暑地の食堂で踊つたときだつたか 思ひ出せなかつた。 劇場の外では 孔雀や王女や小鳥など酔つた気もちで 秋ぐちの夜露に肌をさらしながら くるまや自働車にのりこまうとしてゐた 月も星もない暑い晩であつた。

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