河口

大谷忠一郎

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さまざまな土地を 流れながれて やうやく 此處まで辿りついた河口の水 その水に 疲勞きり 最早 流れようともしないで 深い沈默と靜止を守つてゐる 憂欝な人間の 打ち沈んだ表情のやうに 海邊の街は 琉璃色に夜明けて 私は河口のほとりを散步する 河口に架した木橋は 私の大好きな眺望である かつて 三十路女が戀に狂ふて 身投げした木橋である いまは每朝ほろ馬車が通り 暖かな情緒をそそる 笛の音がひびく (ああ 七時だな) 私は 何時も斯ううなづき 焦悴した茶色の馬の白い息と ほろの陰から覗く娘の丸い顏を待ちうける あるときは あの三味線を抱へる若き法界屋の 惱ましげな朝の姿を 其處に見え出る時もある 靜かな河面はそれを友映して 少しも亂さうとはしない 私は ひたすら河面を見入つてゐる 綠色の美くしい河口の水よ なぜ 大海へ急がないのか 大海の波は君を あれ程 誘ひに來るではないか しかも 河口の水は流れようともせぬ ただ 冷たひ微風が吹けば 水面を皺立せて 悲しげな表情をするけれど やつぱり 流れようとはしない 熱海ムード 燻銀いろの空が おもおもしく 海上を ほふてゐる日は 温泉街より立ち登る 眞綿のやうな湯氣が 旅人を 夢の國へ導いてゆく··· 早春の だんだん畑には 黃色いネープルが光り 椿油を積んだ 小舟が 初島より漕いでくる 日は 椿油の店舗さきの 打ち沈 んだ壜のいろより 暮れかかり 色白の おつとりとした熱海の女が 忙しげに立廻る 私は 湯疲れの身体を運んで 間歇泉を 見つめてゐる 大地の吐息のやうな湯氣が 〓海の空氣に 溶け込んでゆく··· 熱海が呼吸する ちちいろの湯氣 何と匂やかな湯氣 熱海のムードは ここから生れる そして 若き旅人の空想は かぎりなく 續いてゆくのだ 朝の果實 靑森から 着いた林檎 そのつつみを開けば 小さな部屋に 靑森の氣分がみちる さくさくと 林檎むく洋刀のおと わたしは煙草を けぶし 新鮮な果實を食べる 祝福された閑雅な朝 軒ちかく すがすがしい波の音 戀びとよ 朝の果實は 靑春の匂ひがする

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