小さき金魚
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となりの人は引越した。
主人が發狂して田舍へかへり
殘つた妻君と十二三の憂鬱な娘とは何處かへ間借りをする爲めに、
三羽の鷄を賣るのは哀れだと云ふので親類に預け
一匹の金魚を俺の金魚の中に殘して行つた。
自分は妻の留守にフト水瓶を覗くと
小さな、小さな苔のやうなものが瓶の隅で
ピチヨ/\と動き廻つてゐるのでびつくりした。
「おや金魚が生れたのかしら」と不思議に思つた。
よく見ると灰色に少し紅の交つた眼玉の飛び出した支那金魚なので。
フト思ひ出した。あの娘が可愛がつてゐたのを放して行つたのだなと。
自分は危く涙がこぼれ相になつた。
灰色に少し紅の交つた眼玉のとび出した小さな金魚が赤い大きな
金魚の群の中で、瓶の隅を一匹でチヨピチヨピと動き廻つてゐる哀れさ。
今生れた許りのやうなフヨ/\した眼にも餘る小さな金魚、
あの娘のやうなあの顏色の惡い、眼の大きい、
氣違ひの遺傳でもあり相な、あの哀れの娘のやうな
生たものはどんなものでも殺す事が嫌ひだと云ふあの娘のやうな、
三羽の鷄に別れて、明日から玉子が食べられないと云つて、
今日産み殘して行つた玉子を大事にしたあの娘のやうな
思ひが殘つてゐるのではないか
あの淋しさうな金魚、チヨピ/\と水をはねかす金魚、淋しい金魚、
自分と前後して縁日で買つた五匹の中一匹生き殘つてゐた、
あの小さな金魚、御前も決して無情ではない。
あれを見る度びに俺は娘を思ひ出すだらう
淋しい哀れな、御父さんに別れて、
御母さんと淋しい他人の家の二階へ行つた娘を御父さんと別れてから
あの御母さんの元氣なささうにくらしてゐた事を
俺は忘れないだらう
あの淋しい人達……幸福でつゝがなくあれ。
(九、二十一日、愛の本所載)
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