樹木

千家元麿

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北風が止んで夕日の傾く空に 靜かに大きな樹は沈んでゆく 難破船の最後のやうに 枝を開いた樹は妙にゆる/\目のまはるやうに 天體と共に傾いて行く、大きな渦の中に沈んでゆく。 靜かに、光りを加減し乍ら 自分は海上にたゞよふ漂泊者のやうに 涙をためて汝を見送る 靄に包まれて汝の沈み果てるまで 日に別れて行く汝の姿は悲壯だ。 日は沒し、汝も急に沈む。 然し月夜は再び汝の姿をもつて來た。 汝は優しい姿を保つて海底に見棄てられてゐる。 早くも光りの鱗屑の類ひは夥しく群れ來り 大きな藻のやうに開いた枝や葉の上に集つて 跳ね、躍り、宿つて眠る。 然うして眞夜中の潮が滿ちて來ると 汝の姿はいよ/\靜かにすみ渡つて 思ひ出した樣に打ち寄せる波に少し搖れる 眠れる魚は驚いて一時に目覺め 枝を離れて空にとび散りをどんだ光りをわきかへらせる。 その時、時は過ぎて行く陣痛のやうに、 汝は健げな産婦のやうにあわてないで落葉をする。 幽かな音を發して落葉はふれ合つてこぼれる、 思はず口をきいたやうに。 然うしていよ/\冴え渡る生命の水底に 樹はつくりものゝやうに動かない。 あゝ樹よ、汝は生きてゐる 見るものも無い眞夜中に 見て居るものがあるのを知つたら 汝は消え失せはしないか 然し汝は消える事は出來無い 汝は力を出しすぎて居る 汝の消えるのは手間がかゝる 汝はだまされたやうに 冬の最中に春が來たやうに いよ/\靜かに光つて光りぬく。 あゝ冬の夜の戸外の美くしさ 白晝のやうな眩さ、 究り無い美くしさ、 霜と星の光線の入り亂れ 一本一本の枝はイルミネーシヨンする その淨さ、その整しさ、 星は曉の近い赤さを帶びて 一齊に火を噴きかける。清い息を吹きかける。 然うしてぐる/\廻轉する。亂舞する。 いそがしく消えたり、光つたりし初める。 夜の潮は引き初める。 一陣の風が魔術を吹き消すやうに吹き渡り 星の鱗屑は遠い/\ところへぐる/\目を廻し乍らひいて行く。 潮の引いたやうに樹は黒い姿で現はれる。 (十一月二十八日)

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