白犬よ(『自分は見た』収録・同題第1篇)

千家元麿

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白犬よ、 御前がものを乞ひに來る時 自分の心は騷々しくなる。 御前のものをねだる聲、呼ぶ聲を聞いてゐると、 落着いてゐられ無くなる。心の内が生々して來る。 大事件でも起つたやうになる。 戸の外で御前の俺を呼ぶ聲は 不思議な生命を俺の心に燃え上らせる。 大波が胸に溢れて來るやうに感じる。 さつきから子供は默つて自分の顏を見てゐる。 自分が立つと同時に、申し合はしたやうに二人で玄關へ出て見る。 濡れしよびれて、 闇の中から御前は玄關へ入つて來て知り人に會つたやうに、 恥しいやうに、すま無いやうに、 身體の置き場に困るやうな恰好をして叫ぶ。 然うして御前は食べ物を少しもらふと默つて歸つてゆく。 不思議な白犬よ、御前の歸つたあとは嵐がすぎ去つたやうに靜かだ。 この寒い雨の降る夜更けに、 本當に何しに來たのだ。 何を思ひ出して來たのだ。 然うして禮も云ふのか云はないのか、 默つて行つてしまふ。 御前は何だ。 不思議な白犬よ。 (以下十八篇、白樺所載)

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