夕暮の一時

千家元麿

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冬の宵の口である。 朝から吹き通した寒い北風はぱつたり止んで 室の中も外も靜かになつた。 深林か谷底の樣に 自分は机の前に坐つて居る。 妻は側に赤ん坊を抱いて坐つてあやして居る。 赤ん坊は妻の胸に首を埋めてゐる。 小供は眠たいのだ。半分頭はねむつて居るのだ。 心は夢の境を辿つて居るのだ。だが彼は落着かない。 急に何か活動しかける。鼻を鳴らす。 自分の心も落着かない。妙に苦るしい。然うして寂しい。 疲れ切つた妻は一生懸命に歌をうたつて居る。本當に向きになつて それを聞いて居ると自分の眼にも涙が滿ちて來る。心は重たい。 これが幸福なのかしら、この苦るしさと悲しさが。 何か爲なくてはならない事がある氣がする。 誰かに罪があるやうな氣がする。 誰にも謝り度い氣がする。 あゝこの苦るしい夕暮の一時。 神よ吾等の罪を宥し給へ。 吾等をみ心のまゝに導き給へ。 (一九一六、一二、九夕)(青空所載)

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