五月の一夜

薄田泣菫

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吾が凭る小野の野づかさ、 麓つづきの茅原に、 夕ぐれ五月の闇をふかみ、 眞夏の女神筒姫、 獨りずまひのなぐさや、 夜殿の香爐のかをり高に、 野薔薇空にくゆりて、 まよはし深きも所がらや。 こなた右手なる側、 圓葉柳のしげみに、 夏野の色鳥ねぐらさすや、 夢かの心地こそろと 忍び羽振のささめき、―― 響きよさながら消ぬる程に、 深まりわたる靜けさ、 天路の足音も聞きや得まし。 この五月野の夕ぐれ、 人醉はしめの眺めに、 夜頃は踴躍の心地しつれ、 今宵はいかに思ひの うら寂しさに堪へじか、―― そは、わが道びき、大み慈悲の 光よ、とみに隱れて、 さてこそ弱げさ忍びぬれば。 ああ光明の御姿、 夢まぼろしと消ぬる日。 わが世は空洞の實なし小貝、 一味の海のひたりも、 縁はあらぬなづさひ、―― 時劫の濱邊にひとり立ちて 身にしも逼る海路の さびしき廣みに心いたむ。 眞玉花瓶手もろに 轉びがちなるならひや、 あくがれ心の扉ふかく、 齋きまつりし操の 歸依しも未だ足らじや、 わが道伴なき世にしあれば、 うき身夜な夜な御影に、 注ぎし涙は知ろしめさめ。 くづをれ、――さては自ら ほしいままなる願ひに、 ただよひ心地の束のひまを、 沈默よ、胸のふかみに、 今しも低きささやき、―― 月白ほのかに匂ひわたる この夕暮の刹那や、 あるひは吾世のすがたならぬ。 宵闇やをら離れて、 星まだらなる高みに、 きよらの月映照の色や、 眞夏の女神筒姫、 大殿ごもる野づらに、 白がね被衣の靡きゆらに、 匂ひ香空にながれて、 夢の氣ここにも浮び來つれ。 わが魂にくゆりし 大御光のしたたり、 今はた點火のかすかながら、 なほ人の世の旅ゆき、 くらやみ路のたづきや 内なる火照にぬくめられて、 いつかは炎さかりに、 燃えこそあがらめ靈の烽火。 その日よ光あふれて、 生身さながら法の身、 み空の立樂やがてここに、 心の絃の高鳴、 生命はつよく躍りて、 春海の滿潮きほひ荒く、 いたるや不壞の新代、 解脱の常宮、――歌の御園。 わが世祕密の許され、 その日の幸をいさみに、 こよひは野中にひざまづきて、 夢見心地のあくがれ、 御影にいつく比丘尼の 操にたらへる心ばへに、 胸なる龕のあかりや、 守りて靜かに小夜は經まし。

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