失われたタヌキ

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おれの幼い頃には タヌキが徳利をさげて 大ギンタマをぶらさげて 町の酒屋へ酒を買いに来たものだ しょっちゅう会っているうちに友だちになったのだが おれがおとなになったら タヌキはどこかへ消えてしまった そのタヌキは酔払うと カッポレを踊ったり キレイな娘に化けたりして 幼いおれを喜ばせたものだ うまいうまいとおれは手をたたいた これなら人間のおとなもころりとだませる 人をだますのは面白いだろうな ふとタヌキはまじめな顔をして 幼いおれを相手にこう言ったものだ 坊や それは違うよ 人間さまをだますために化けるんじゃない だまそうとしてだませるもんじゃない これはおいらの楽しみなのさ おいらひとりのケチな楽しみさ 坊や あのサクラをごらん あれだってひとさまのために咲いてるんじゃない 普段ずいぶんとつらいおもいをしているのに 苦労を花に出してないのもえらいもんだ あんなきたない枝から あんなキレイな花を咲かせている 上手に化けたもんじゃないか タヌキの言うことが幼いおれには分らなかった 今は分る あのタヌキもやっぱりずいぶんさびしい気持だったのだ 今のおれにはそれが分るが 分ると告げたいタヌキが今はいない すでにおれから失われてしまったタヌキは もはやふたたびおれに戻ってはこないのだ

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