冬が來る
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感情の封鎖。近東行の郵船……
ああ雨が降る、日が暮れる、
ああ木枯の聲……
萬聖節、降誕祭、やがて新年、
ああ霧雨の中に、煙突の林……
しかも工場の……
どのベンチも皆濡れてゐて腰を下せない。
とても來年にならなければ徒目だ。
どのベンチも濡れてゐる、森もすつかり霜枯れて、
トントン、トンテンと、もう角笛も鳴つて了つた。
ああ、海峽の濱邊から驅けつけた雲のおかげで、
前の日曜もまる潰れだつた。
霧雨が降つてる、
づぶ濡の木立にかけた蜘蛛の網は、
水玉の重みに弛んで毀れて了つた。
豐年祭のころに、
砂金の波の光を漂はせて、豪勢な景氣だつた日光は
今どこに隱れてゐる。
けふの夕方は、泣きだしさうな日が、丘の上の
金雀花の中で外套を羽織つたまま、横向に臥てゐる。
薄れた白つぽい日の目は酒場の床に吐散らした痰のやうで、
黄いろい金雀花の敷藁と、
黄いろい秋の金雀花を照してゐる。
角笛が頻に呼んでゐる、
歸れ……
歸れと呼んでゐる。
タイオオ、タイオオ、アラリ。
ああ悲しい、もう已めてくれ……
堪らなく悲しい……
日は丘の上に臥てゐて、頸筋から挘取つた腺のやうだ、
日は慄へてゐる、孤ぼつちで……
さ、さ、アラリ!
熟知の冬が來たぞ、來たぞ。
ああ、街道の紆曲に、
「赤外套の兒」も見えない。
ああ此間通つた車の跡が、
ドン・キホオテ流に、途方も無い勇氣を出して、
總崩になつた雲の斥候隊の方へ上つてゆくと、
風はその雲を大西洋上の埒へと追ひたてる。
急げ急げ、こんどこそ本當だ。
昨夜は、よくも吹いたものだ。
やあ、滅茶苦茶だ、そら、鳥の巣も花壇も。
ああわが心、わが眠、それ、斧の音が響く。
きのふまでは、まだ青葉の枝、
けふは、下生に枯葉の山、
大風に芽も葉も揉まれて、
一團に池へ行く。
或は獵の番舍の火に燒ばり、
或は遠征隊の兵士が寢る
野戰病院用の蒲團に入るだらう。
冬だ、冬だ、霜枯時だ。
霜枯は幾基米突に亘る鬱憂を逞しうして
人つ子ひとり通らない街道の電線を腐蝕してゐる。
角笛が、角笛が――悲しい……
角笛が悲しい……
消えて行く音色の變化、
調と音色の變化、
トントン、トンテン、トントン……
角笛が、角笛が
北風に消えてゆく。
耳につく角笛の音、なんとまあ餘韻の深い音だらう……
冬だ、冬だ。葡萄祭も、さらば、さらば……
天人のやうに辛抱づよく、長雨が降りだした。
おさらば、さらば葡萄祭、さらばよ花籠、
橡の葉陰の舞踏の庭のワットオぶりの花籠よ。
今、中學の寄宿舍に咳嗽の音繁く、
暖爐に火は消えて煎藥が匂ひ、
肺炎が各區に流行して
大都會のあらゆる不幸一時に襲來する。
さりながら、毛織物、護謨、藥種店、物思、
場末の町の屋根瓦の海に臨んで、
その岸とも謂つべき張出の欄干近い窓掛、
洋燈、版繪、茶、茶菓子、
樂は、これきりか知ら。
(ああ、まだある、それから洋琴のほかに、
毎週一囘、新聞に出る、
あの地味な、薄暗い、不思議な
衞生統計表さ。)
いや、何しろ冬がやつて來た。地球が痴呆なのさ。
ああ南風よ、南風よ、
「時」が編みあげたこの古靴を、ぎざぎざにしておくれ、
冬だ、ああ厭な冬が來た。
毎年、毎年、
一々その報告を書いてみようとおもふ。
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