時鐘

上田敏

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舘の闇の靜かなる夜にもなれば訝しや、 廊下のあなた、かたことと、桛杖のおと、杖の音、 「時」の階のあがりおり、小股に刻む音なひは           これや時鐘の忍足。 硝子の葢の後には、白鑞の面飾なく、 花形模樣色褪めて、時の數字もさらぼひぬ。 人の氣絶えし渡殿の影ほのぐらき朧月よ、           これや時鐘の眼の光。 うち沈みたるねび聲に機のおもり、音ひねて、 槌に鑢の音もかすれ、言葉悲しき木の函よ、 細身の秒の指のおと、片言まじりおぼつかな、           これや時鐘の針の聲。 角なる函は樫づくり、焦茶の色の框はめて、 冷たき壁に封じたる棺のなかに隱れすむ 「時」の老骨、きしきしと、數噛む音の齒ぎしりや、           これぞ時鐘の恐ろしさ。 げに時鐘こそ不思議なれ。 あるは、木履を曳き惱み、あるは徒跣に音を竊み、 忠々しくも、いそしみて、古く仕ふるはした女か。 柱時鐘を見詰むれば、針のコムパス、身の搾木。

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