われは生きたり

上田敏

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われは命の渦卷の中にあり…… 弱し、顫へたり、蒼ざめたり、不安なり、苛苛し。 悔に、願に、祈に、 思出に、望に、欲に滿ちたり…… われとわが求むる所を知らず、 われとわが誰なるをも知らず、 散亂し、變化し、樣樣に分裂したるを感ず。 幸なるか、知らず、唯、 われは生きたり。 われは愛す、何とは無しに愛す。 われは戰慄す、魅られたる人の如くに恐る。 わが愛するは眤さはる温柔の黒き眼にして、 嬉しげに、優しげに、かはるがはる麗はしく、 閉づれば長く曳く睫の影、 見開いたる時の愛らしさ。 わが愛するは清き唇、香よき唇、 煙の如く纖やかに吹きまよふ丈長の髮、 珠ひとつ、にこやかに笑む細き指なり。 しかもわれ何故に愛するかを、 また何故に愛せられたるかを究めず、唯、 われは愛す。 われは榮譽を欲す、而も知らず、 果して之を欲するか否かを。 われは思考す、而して其思想を 定かならぬ恐懼の語に述ぶ。 ここのわが額の中に詩ありと感ずれど、 後々に生き殘るべき詩なるか、否か、知る由なし、 唯之を敍ぶれば、心昂り、思樂し。 この聲抑ふ可からず。 われは詩人なるか、知らず、唯、 われは歌ふ。 われは生きて萬物の中を行く。 善か、惡か、知らず、 そは屡々萬物に眤さはれ、 また屡々傷つけらるればなり。 われは愛す、冬も、夏も、絲杉も、薔薇も、 色青き大山、鈍色の名無の阜、 大海の轟、巴里の轟も…… 善か、惡か、知らず、唯、 われは生き、われは行き、われは萬物を愛す。 われまた男女の間を行く。 額の下に、眼の中に、その魂を見てあれば、 巣立に散り行くおもしろさ。 世は影の鳥、火の鳥の飛び去る如く、 われ高山に昇りて、その過ぐるを眺む…… 男はわれを害し、女はただ泣けども、 われはその男女を愛す。 われは生きたり。 ――かくて、われは死なむ。後にか、遙後にか、はた今直にか、 知らず、 けだし、わが行く處は、 あなたの、あなたの知らぬ國、 勇んで窓を飛び出づる鳥の如く、 あなたの、あなたの知らぬ國へ行きて 神の光に甦へらむ。否、 知らず。 或はわが行きて長久の眠に朽ち果つる所は、 地下の數尺、 草木も、天も、懷かしきかの眼もあらぬ 忌はしき闇の世界か。 しかはあれど、われは命の熱き味を知る。 このわが小さき瞳にも ただ稻妻の束の間に 久遠にわたる光明は映りたらずや、 われも亦聖なる宴に列りて、わが歡樂は飮みほしぬ、 また何の望かあらむ。 われは生きたり。 ――かくてわれは死なむ。

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