挨拶
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『さよなら』と僕は言つた
『今夜はどこへ歸るの?』と女が言つた 僕もまた 僕が歸るんださうだとおもひながら戸外へ出る
僕の兩側には 寢ついたばかりの街の貌がほてつてゐる 街の寢息は 僕の足音に圓波をつくつて搖れてゐる 巡査の開いた手帖の上を 僕の足が歩いてゐる 足は 刑事に躓いて よろける 石に躓いても 足はよろけてしまふのである 足に乘つてゐると 見覺えのある壁が近づいてくる 玄關が近づいてくる
足が逡巡すると 僕は足の上から上體を乘り出して 戸の隙間に唇をあてる
『すまないが泊めてくれ』
呼聲が地球外に佇ずんでゐるからなんだらうか! 常識外れのした時刻を携へてゐるからか! 見るまでもなく返事をするまでもなく それは僕であることに定めてしまつたかのやうに 默々と開く戸である 戸は默々と閉ざすのである
ところで 僕は歸つて來たのであらうか 這入つて見るとああこの部屋 坐つて見るとこの疊 かけて見るとこの蒲團 寢て見るとこのねむり なにを見てもなにひとつ僕のものとてはないではないか
ある朝である
『おはやう』と女に言つた
『どこから來たの?』と僕に言つた
流石は僕のこひびとなんだらうか 僕もまた僕 あの夜この夜を呼び起して この陸上に打ち建てた僕の數ある無言の住居 あの友情達を振り返つた
『僕は方々から來るんだよ』
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