別後

与謝野晶子

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わが夫の君海に浮びて去りしより、 わが見る夜毎の夢、また、すべて海に浮ぶ。 或夜は黒きわたつみの上、 片手に乱るる裾をおさへて、素足のまま、 君が大船の舳先に立ち、 白き蝋燭の銀の光を高くさしかざせば、 滴る蝋のしづく涙と共に散りて、 黄なる睡蓮の花となり、又しろき鱗の魚となりぬ。 かかる夢見しは覚めたる後も清清し。 されど、又、かなしきは或夜の夢なりき。 君が大船の窓の火ややに消えゆき、 唯だ一つ残れる最後の薄き光に、 われ外より硝子ごしにさし覗けば、 われならぬ面やつれせしわが影既に内にありて、 あはれ君が棺の前にさめざめと泣き伏すなり。 「われをも内に入れ給へ」と叫べど、 外は波風の音おどろしく、 内はうらうへに鉛の如く静かに重く冷たし。 泣けるわが影は 氷の如く、霞の如く、透きとほる影の身なれば、 わが声を聴かぬにやあらん。 われは胸も裂くるばかり苛立ち、 扉の方より馳せ入らんと、 三たび五たび甲板の上を繞れど、 皆堅く鎖して入るべき口も無し。 もとの硝子窓に寄りて足ずりする時、 第三のわが影、艫の方の渦巻く浪にまじり、 青白く長き手に抜手きつて泳ぎつつ、 「は、は、は、は、そは皆物好きなるわが夫の君のわれを試めす戯れぞ」と笑ひき。 覚めて後、我はその第三の我を憎みて、 日ひと日腹だちぬ。

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