防空演習の夜

与謝野晶子

タグを編集・提案

作品の主題・モチーフなど、対象に固有の情報を登録してください。年代・形式・表記・文学運動などの共通分類は登録できません。会員タグの追加と、正式タグの削除は、5人の支持で自動反映されます。

ログインするとタグの追加・削除を提案できます。

今日は九月一日、 誰れか震災を回顧する遑あらん。 敵機の襲来を仮想して、 全市の人、防空に力む。 午後六時、 サイレンは鳴りわたる。 子らよ、灯を皆消せるか、 戸をすべて鎖しつるか。 良人と、我れと、 泊り合せたる是山ぬしと、 暗き廊を折れ曲りて 采花荘の書斎に入る。 手探りに電灯をひねれば、 被ひたる黒き布長く垂れて、 下二尺 わづかにも円く光りぬ。 雨、雨、俄かなる雨、 風さへも荒く添へり。 サイレンに交りて 砲声遠く起る。 防護団の若き人人、 今、敏活の動作いかなるべき。 いざ、斯かる夜に歌詠まん、 屋外の任務に就かぬ我等は。 この即興の言葉に、 是山ぬし先づ微笑み、 良人はうなづきて 煙草に火を附けぬ。 黙して紙に向へば、 サイレンと、暴雨と、砲声と、 是れ、我等を励ますなり、 我等の気は揚がる。 但だ、筆を執る姿は 軒昂たること難し、 俯向ける三人の背に 全市の闇を負へり。 少時して、突然、 地震なり、 板戸、硝子戸、鳴りとどろき、 家三たび荒く揺れぬ。 子の一人馳せ来て告ぐ、 横浜なる防空本部のラヂオ 今云ひぬ、 「この松屋の屋上も揺れつつあり」と。 人は敵機の空襲に備へて、 震災記念日を忘れたれど、 大地は忘れずして 我等を驚かしつるならん。 砲声は更に加はる、 敵機、市の空に入れるか。 驚異と惶惑の夜、 我等は猶筆を執る。

ログインすると、この作品に自分だけに見えるメモを残せます。

批評・感想 0

作品の表現や構成を検討し、根拠を示しながら評価・講評する場所です。

まだ批評・講評はありません。

防空演習の夜の談話

疑問や連想、ちょっとした読み方などを気軽に話せます。

まだ投稿はありません。

話題を投稿する

防空演習の夜に寄せられた作品

詩から生まれた翻案・イラストや、朗読・解説などの関連リンクを持ち寄れます。

まだ投稿はありません。

この詩に作品を寄せる