ロダン夫人の賜へる花束

与謝野晶子

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とある一つの抽斗を開きて、 旅の記念の絵葉書をまさぐれば、 その下より巴里の新聞に包みたる 色褪せし花束は現れぬ。 おお、ロダン先生の庭の薔薇のいろいろ…… 我等二人はその日を如何で忘れん、 白髪まじれる金髪の老貴女、 濶き梔花色の上衣を被りたる、 けだかくも優しきロダン夫人は、 みづから庭に下りて、 露おく中に摘みたまひ、 我をかき抱きつつ是れを取らせ給ひき。 花束よ、尊く、なつかしき花束よ、 其日の幸ひは猶我等が心に新しきを、 纔に三年の時は 無残にも、汝を 埃及のミイラに巻ける 五千年前の朽ちし布の すさまじき茶褐色に等しからしむ。 われは良人を呼びて、 曾て其日の帰路、 夫人が我等を載せて送らせ給ひし ロダン先生の馬車の上にて、 今一人の友と三人 感激の中に嗅ぎ合ひし如く、 額を寄せて嗅がんとすれば、 花は臨終の人の歎く如く、 つと仄かなる香を立てながら、 二人の手の上に さながら焦げたる紙の如く、 あはれ、悲し、 ほろほろと砕け散りぬ。 おお、われは斯かる時、 必ず冷やかにあり難し、 我等が歓楽も今は 此花と共に空しくやなるらん。 許したまへ、 涙を拭ふを。 良人は云ひぬ、 「わが庭の薔薇の下に この花の灰を撒けよ、 日本の土が 是に由りて浄まるは 印度の古き仏の牙を 教徒の齎せるに勝らん。」

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