暮愁
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暮れぬらし。何時しか壁も灰色に一室はけぶり、
盤上の牡丹花ひとつ血のいろに浮び爛れて、
散るとなく、心の熱も静寂の薫に沈み、
卓の上両手を垂れて瞑目れば闇はにほひぬ。
窻の外は物古りし街、風湿める香のぬくみに、
寺寺の梵音うるむ夕間暮、卯月つごもり、
行人の古めく傘に、薄灯照り、大路赤らみ、
柑子だつ雲の濡いろ、そのひまに星や瞬く。
わが室は夢の方丈、匂やかに名香なびき、
遠世なる暮色の寂に哀婉の微韻を湛へ、
髣髴と女人の姿光さし続く幾むれ、
白鳥の歌ふが如く過ぎゆきぬ、すべる羅の裾。
そのなかに君は在せり。緑髪肩に波うち、
容顔の清しさ、胸に薔薇色の薄ぎぬはふり、
情界の熱き波瀾に黒瞳にほひかがやき、
領巾ふるや、夢の足なみ軽らかに現なきさま。
ああ、それも束の間なりき。花祭ありし夕か、
群衆のなだれ長閑かに時花歌街を流れて
辻辻に山車練る日なり、行きずりに相見しばかり、
高華なる君が風雅も恋ふとなく思ひわすれき。
今行くは追憶の影――黄金なす幻追ひて、
衰残の心の大路暮れゆけば顧みもせぬ
人生の若き旅びと、――くづをれて匂ゆかしみ
我愁ふ、追慕の涙綿綿と青む夜までも。
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