熊野の烏

北原白秋

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夜は深し、熊野の烏 旅籠の戸かたと過ぐ、 一瞬時、――燈火青に 閨を蔽ふかぐろの翼 煽り搏つ羽うらを透かし 消えぬ。今、森として 冷えまさる恐怖の闇に 身は急に潰ゆる心地。 「変らじ。」と女の声す。 ひと呻く、熊野の烏。 丑満の誓請文 今か成る。宮のかなたは 忍びかに雨ふりいでぬ。 『誓ひぬ。』と男の声す。 刹那、また、しくしくと 痙攣む手脚のうづき、 生贄の苦痛か、あなや、 護符ちぎる呪咀のひびき。 はたと落つる、熊野の烏。 と思へば、こは如何に、 身は烏、嘴黒く 黒金の重錘の下に 羽平み、打つ伏す凄さ。 はた、固く、痺れたる 血まみれの頭脳の上ゆ、 暗憺と竦まりながら 魂はわが骸をながむ、

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