急瀬
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『暗い。』『暗い。』
聴け、夜に叫ぶ髑髏、急瀬の小石、
熟視むるは死よりも暗き鴆毒の
発作に頻吹く水の面、
聴け、わなわなとかたかたと千万歎く。
時は冬、熊野の川の川上の如法の真闇、
峡の底。
『暗い。』『暗い。』
聴け、はや叫ぶ髑髏、急瀬の小石。
さてはまた、聴け、歯を洗ふ血の流
真黒に滴る音ささと
はた、きしきしと泡たぎち噎びぬ、まさに
丑満の黒金雲の棺衣は七岳めぐり、
風顫ふ。
『暗い。』『暗い。』
聴け、また叫ぶ髑髏、急瀬の小石、
熟視むれど喚けど、水は蝮の
腹なし、縞もひた黒に
磨りては走る夜の恐怖、この夜もさらに
琅玕の断崖づたひ投網うつ漁の翁の
火も見えず。
『暗い。』『暗い。』
聴け、ひた叫ぶ髑髏、急瀬の小石、
今はかの末期の苦患ひたひたと
わななきほそる一刹那、
鯱より疾く、棹あげて闇より闇へ、
火もつけず、声せず、一人丈長の髪吹き乱し
舟きたる。
『暗い。』『暗い。』
聴け、今叫ぶ髑髏、急瀬の小石、
一斉に驚破と慄くひたおもて
かとこそ噛めば竜骨は
血の香滴る鋸を鑢の刃もて
磨る如く、白歯をきしと一文字に、傷きながら
逃れさる。
『暗い。』『暗い。』
聴け、なほ叫ぶ髑髏、急瀬の小石、
瞬間の膏油と熱き肉の香に
狂へる慾は護謨の火の
断るるがごとひたわめく、呪詛と飢と
悔と死と真黒に噎ぶ血の底に歯を噛みながら
熟視めたる。
『暗い。』『暗い。』
聴け、なほ叫ぶ髑髏、急瀬の小石、
熟視むれど天蝎宮の光だに
影せぬ冥府、わなわなと
喚けどさらに蝮は腹磨り奔り、
絶えずまた泡だち落つる血はささとその戦慄に
噎ぶのみ。
『暗い。』『暗い。』
聴け、夜に叫ぶ髑髏、急瀬の小石、
熟視むるは死よりも暗き鴆毒の
発作に頻吹く水の面、
なほ、きしきしとかたかたと嘆けど、哀れ、
億劫の窮あらぬ闇に堕ち闇に饑ゑゆく
人の群。
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