老いしアイヌの歌

北原白秋

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アイヌはよ、 老いしアイヌ、 神アヱオイナ、 アイヌ・ラクグル(アイヌの臭ひある人)の後、 神ながら蘩蔞の頭、 土の体、柳の脊骨、 シネ・シツキ・プイコロクル(眼窩の人) 神神の髪の毛の人、彼こそはげに、 カムイ・オトプ・ウシユ・グルなれ。 彼アイヌ、眉毛かがやき、 白き髯胸にかき垂り、 家屋の外に萱畳敷き、 さやさやと敷き、 厳かしきアツシシ、 マキリ持ち、研ぎ、あぐらゐ、 ふかぶかとその眼凝れり。 彼アイヌ。 蝦夷島の神、 古伝神、オキクルミの裔。 ほろびゆく生ける屍。 夏の日を、 白き日射を、 うなぶし、ただに息のみにけり。 彼アイヌ、 家屋の空見ず、 さやら葉の青の長葉の、 アイサク・ピヤパ(髯なき稷) フレ・ピヤパ(赤き稷) チヤク・ピヤパ(はぜ稷) ヤムライタ・ヨコアマム(藪虱に似し稷)、また、 脚高の熊檻、 仔の熊の赤き舌見ず、 汗垂らし、拭ひもあへず。 彼アイヌ、 老いたる鷲、 古り皺み、 病み倦んずる者。 ましら髯、 厳かしきアツシシ、 マキリ持ち、研ぎ、あぐらゐ、 オンコ(水松)そぎ、心恍れり。 彼アイヌ、 よく黙し、 念じ、かつ、しかく黙せり。 彼、キム・ヲ・チパスクマ(山の教義)の徒、 チクニ・アコシラツキ・オルシユペ(樹の守護の教義)の徒、 地上の者、聖シランパの子、 黙想者、聖トボチの僕。 彼はかく念ずらし。 アトニ・ウエンユク(悪楡)よ去れ。 ニ・アシユ・ランゲ・グル(をを、汝立木人よ) キサラハ・ランゲ・シヌブル・カムイ(をを、汝木の皮の尊き鬼神よ) オー・トイヤン・クツタリ(汝地上に拡張せる者よ) 総て善し、吾は拝せり。 吾は老い、吾は嘆けり。 吾は白し、早や輝けり。 吾は消えむ、ああ早や。 吾が妻、吾が子、吾が弟、 吾が族の、残れる者、 ことごとく滅せん。 オンコよ、吾が削る 紅柔き兎の肉なす オンコよ、しかく光らん。 彼アイヌ、 老いたる鷲。 蝦夷島の神、 古伝神、オキクルミの裔。 ほろびゆく生ける屍 光り、かつ白き屍。 彼アイヌ、眉毛かがやき、 白き髯胸にかき垂り、 厳かしきアツシシ、 マキリ持ち、研ぎ、あぐらゐ、 真夜なす眼の窩のアイヌ、 今は善し、オンコ削ると 息長に息吹き沈み、 恍れ、遊び、心足らふと、 そのオンコ、 たらりたらりと削りけるかも。

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