蛾と母親

室生犀星

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夜はまだ永い、 永いほど草深い夜の匂ひに充ちてゐる 洋灯が部屋のまんなかに点火れてゐるのに 田舎の母親でもたづねて来はせぬか。 それに大きな蛾が来てゐて 洋灯のかさに止つてゐるのだもの。 もしや卵でも生んでゐはしないか あんなにこまかく羽を震はせてゐるから そつと近づいてよく見てごらん。 それとも幽かな明りをしたうて それだけの望みで来たのかも知れない 蛾といふものは夜生れたものではなからう。 それだのに夜ばかりどうして飛ぶのだらう。 そして絶え間なくぴりぴりと 羽をふるはせてゐるのは きつと卵でも生んでゐるのではないか。 もつと静かに気をつけて見たら 蛾は歩きながら黄色の卵をおとして行くのが 見えてくるかもしれない。 こんな永い夜に 一晩ぢゆう生んでゐたら わたしだちは黙つたきり 蛾の羽の粉にあてられてしまはないか そして眠れなくなるだらう 草深い匂ひがして田舎の親がこつそりと 表の戸のそばへ尋ねてきさうな晩だ あかるい洋灯をもつと 底土へ零れるやうに出さうぢやないか。

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