燭の下に人あり、本を読めり

室生犀星

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本を読んでゐると又雨が降り出した 毎晩のやうに重い雨戸が 閉した窓を叩いてゐる 濡れてしめつたそととは反対に 僕の室では一本の蝋燭がともれ 立派な美しい垂れとしほとを見せたカーテンを下ろし カーテンの裾のはうに卓があり 僕は感涙しながら本をよんでゐる この恐ろしい物語りの中に 世にもやさしい一人の女性がゐて 人をあやめた不幸な男のために 声たかくヨハネ伝をよんで聞かしてゐる 頭を垂れた男の魂と 不遇な彼女の魂とはつれ立つて 今平和なすすりなきをしてゐる ここまで読んで僕はふいと耳を立てた ああ とぎれとぎれな雨のふる中で だいぶ虫の啼く声が減つたやうだ おとろへはてたあの声 毎夜のごとくかれらの美しい声により また慰さめられて本を読み そしてゐる間にもう肌さむい頃になつた 誰人とも会はず 清明な孤独に住み込んで おお もう秋おそい頃になつたのであつた 自分は再た窓をとざして しづかな雨をきいて 悲しい書物のペエジを剪りはじめた

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