加藤清正

山之口貘

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血沫をあげ あはただしくも虎年が來た 虎だ と云へば 上野の動物園や虎の皮や 虎そのものを思ひ出すといふことよりも 思ひ出すのは加藤清正まづその人なのである かれはそのむかし 虎狩りですつかりをとこをあげ 以來 歴史の一隅を借り受けて そこにおのれの名をかかげ 虎のゐるところどこにでも出掛けては 史上の生活を營んでゐた かれはまるで動物園の虎の係りであるかのやうに いつも人待ち顏で檻の傍に立ち 虎に生彩を投げあたへたりして 少年達に愛されてゐた ところでこれは今年のことである その日 動物園には僕もゐた 僕は少年達の頭の間から そこいらにごろごろ轉つてゐる肉體の文明どもに見とれてゐた やがて少年達がそこをひきあげると 例の加藤清正彼がである かれは僕の肩をたたき その掌をおのれの腦天に置き おもむろに唇をうごかした 弱つた とかれが言つた ことしは虎で困つたことになつた と言つた これは意外にも かれのマンネリズムから飛び出してゐるほどの 更に一段と歴史的にほひの高い言葉であつた それにしても だがそれにしても僕はおもふ 史上の彼方からはるばると おのれを慕ひ虎を慕ひ 動物園にまでやつてくるこの古ぼけた人物の上にすら つひに時勢の姿は反映するものか 虎に出て來られて 加藤清正が困つては それは虎狩りの少年達が困る と僕は言つた するとかれはあたりを見廻して かなしげな聲を立て むかしを呼ぶやうに かれは見知らぬ虎どもの名を呼んだ すたありん むつそりいに ひつとらあ そのとき 檻のなかでは めをほそめ耳の穴だけ開けてゐた

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