森の大樹

与謝野晶子

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ああ森の巨人、 千年の大樹よ、 わたしはそなたの前に 一人のつつましい自然崇拝教徒である。 そなたはダビデ王のやうに 勇ましい拳を上げて 地上の赦しがたい 何んの悪を打たうとするのか。 また、そなたはアトラス王が 世界を背中に負つてゐるやうに、 かの青空と太陽とを 両手で支へようとするのか。 そしてまた、そなたは どうやら、心の奥で、 常に悩み、 常にじつと忍んでゐる。 それがわたしに解る、 そなたの鬱蒼たる枝葉が 休む間無しに汗を流し、 休む間無しに戦くので。 さう思つてそなたを仰ぐと、 希臘闘士の胴のやうな そなたの逞しい幹が 全世界の苦痛の重さを 唯だひとりで背負つて、 永遠の中に立つてゐるやうに見える。 或時、風と戦つては そなたの梢は波のやうに逆立ち、 荒海の響を立てて 勝利の歌を揚げ、 また或時、積む雪に圧されながらも そなたの目は日光の前に赤く笑つてゐる。 千年の大樹よ、 蜉蝣の命を持つ人間のわたしが どんなにそなたに由つて 元気づけられることぞ。 わたしはそなたの蔭を踏んで思ひ、 そなたの幹を撫でて歌つてゐる。 ああ、願はくは、死後にも、 わたしはそなたの根方に葬られて、 そなたの清らかな樹液と 隠れた※い涙とを吸ひながら、 更にわたしの地下の 飽くこと知らぬ愛情を続けたい。 なつかしい大樹よ、 もう、そなたは森の中に居ない、 常にわたしの魂の上に 爽やかな広い蔭を投げてゐる。

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