恋びと

北原白秋

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ああ七月、 山の火ふけぬ。――花柑子咲く野も近み、 月白ろむ葡萄畑の夜の靄に、 土蜂の羽音、香の甘さ、青葉の吐息、 情慾の誘惑深く燃え爛れ、 仰げば空の七つ星紅く煌めき、 南国の風さへ光る蒸し暑さ。 はや温泉の沈黙――烏樟の繁み仄透き灯も薄れ、 歓語絶えぬ。――湯気白う、 丁字湯薫る女の香、湿りただよひ わが髪へ、吹けば艶だつ草生なか。 露みな火なり。白百合は喘ぎうなだれ、 花びらの熱こそ高め。頬に胸に ああ息づまる驕楽の飛沫ふつふつ 抱擁に人死ぬにほひ、血も肉も わななきふるふ。 ああ七月、 ふと、われ、ききぬ――忍び足熱きさやぎを 水枝照る汀の繁木そのなかに。 さは近づくは黄金髪、青きひとみか、 また知らぬ、亜麻いろ髪か、赤ら頬か、 ああ、そのかみの恋人か、謎の少女か。 遠つ世の匂香あまき幻想に 耳はほてりぬ。うつうつと眼さへ血ばみて、 極熱の恋慕胸うつくるほしさ。 風いま燃えぬ。ゆめ、うつつ、足音つづきぬ。 身肉のわづらひ、苦き乳の熱に 汗ばみ眠れば心の臟、牡丹花の騒ぎ 瞬く間、あな頬は爛れ、百合のなか、 七尺走る髪の音、ひたと接吻け、 紅の息、火の海の、ああ擾乱や、 水脈曳き狂ふ爛光に、五体とろけて 身は浮きぬ。牡丹花ひとつ、血の波を焦がれつ、沈む。

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