或る夕暮(『自分は見た』収録・同題第1篇)

千家元麿

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夕暮、暖い靄が天と地の間に濛々と湧き起り 晴れた空には光り初めた許りの星がゆつくりと光り 廣大な同情と慈惠はおだやかに地上に降りて來る。 街道に竝んだ小さな家々には灯がともつて 食卓につく家族があらはに見え 戸口の闇にわだかまつて白い犬に食物を與へる少年があり 道端のところ/″\に休んで居る荷馬車の黒馬は その脊や立髮に金を交へて異形な天馬のやうに 靜かに默つて、居酒屋に入つて居る主を待つ。 人は疲れて頼り無く歩いて行けば 薄闇の深いところから浮き出して 乳房のやうにふくらんだ凸凹の面白くついた地面が 星の中から見たやうに僅か許りはつきりと 子供を顏のとこまで抱き上げて そのニコ/\した白い顏に見入るやうに、ふと見えて永久に消えた 生白い蝋骨のやうな固い地面が古いたしかな親しいものに感じられ 不思議な恐れと感喜が暖かに甦る。 人は忽ち小さな自分を脱して 無限の同情のある優しい力を與へられ 靄に包まれて見え無い行く手に 身をまかせてスタ/\歩いて行けば 不思議のやうに靄は薄れて行き ところまだらに空に現はれ、天國は開け 今つくられた許りのどろ/\した星は恍惚として現はれ 人は「如何んな小さいものも大きな天體と一致してゐる」と 思はずには居られ無くなる。 (十一月二十四日)

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